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09.09.15
建物を見て建物を決めたいと思う瞬間
いつも新築の時は敷地をしっかり見て、
周辺を歩き、家族の話に耳を傾けます。
当たり前のことですが、
基本は大切だと思っています。
どんな工務店も、ハウスメーカーも同じことをすると思います。
敷地を見ない営業も、設計者もいないはずです。
そんな会社がいたら、大問題です。
大きな組織の会社は分業化しているので、その可能性ありえますが...
とにかく見た人が、そこで何を感じるかということ。
何かを「発見」できるかどうか?
それが大切だということです。
その教えは実は左官職人榎本新吉氏に教えられました。
でも、リフォームの時はもう一つ見るものが加わります。
それは建物。
どんな建物も汚れます、
壊れます。
形あるものそれはしょうがない。
でも、どんなメンテナンスをしていたのか?
元の設計はどうなのか?
生活者の考え一つで、
知識ひとつで、
建物は違う成長をします。
リフォームしやすいのは健全な時。
間取りや設備の更新だけで、いい場合がありますが、
不健全、不健康な場合は大変です。
だから、しっかり家を見るようにしています。
09.09.13
凄腕左官職人2
初めて会う若造でも、
路上に左官のサンプルを並べて、
土や、左官のことを丁寧に、
軽快な江戸弁で話してくれました。
鏝を貸していただき、
磨きの壁を実際に触らせてもいただけました。
丁寧にといっても、江戸弁です。
どっちかっていうと喧嘩口調です。
「このコテはオレが作っちまったんだ。何だと思う?ノコギリをちょんぎっちまった」
「和辻哲郎はなぁ...風土ってぇいうのはなぁ...」
「文化ってなんだ?」
「大津磨きってしってるか?」
「新しい事、思いついたんだよ...オリーブオイルをつかってるんだ」等々...
コテを動かしながら矢継ぎ早に問いかけてくる。
70才を過ぎた技を極めた職人が新しい事を模索している。
炉壇師である榎本さんに炉(火鉢を入れる外側は土壁になっている)
を見せてもらった。
垂直、平滑な面 に美しい曲線のくぼみが作られている。
榎本氏:「この曲線はコテじゃぁできねぇ。何を使ったかわかっか?」
本多:「何を使ってるんですか?」
と答えを急いだ私に厳しい口調で
「見て解らないなら考えろってんだぁ」
「考えて解らないなら触ってみろよ」
「それでも解らないなら質問しろぃ!」
答えは教えてもらうものではない。
ということか。
答えは確かツバキの葉だったと思う。
強い撓りがあり、指先に土の感触が伝わるという。
巣鴨の路上にはみ出る榎本氏の作業場で教わるのは
土の事だけではなさそうだ。
多くの人が、榎本氏の路上工房に集まる。
職人はもちろん、学生、OL、建築家...
みな、怒られに来ている節がある。
まさにストリート・スマート の工房なのだろう。
09.09.12
あと1日
みんな直前になって電動ろくろを知らなかったので
写真を公開します。でも今年の生徒はこれを見ることはないか...
それから、焼成窯
なかなか見ることは少なから写真を撮ってきました。
私の作品はこうご期待
どこかで写真アップします。
それから、試験結果がでたら、
私のクラスの成績も...
この2カ月頑張ったものが受かるはずです。
健闘を祈ります。
、
09.09.11
今年もあと2日
二級建築士の試験があと2日に迫っています。
今年の課題は商店街に建つ工房のある店舗併用住宅(コンクリート造3階)
という課題です。
今年は不景気の影響か、去年の33人という生徒数を大幅に下回り
18人しかいません。先生の数は減っていないので、
今年はとてもラッキーなんです。
先日工房に体験に行ってきました。
今年の課題を体で感じるためです。
生徒にもそのことを話をしましたが、
一体何人の人が行動に移したか...
甚だ疑問です。
真剣になれば、行動に移すものなんですけどね。
授業も終わりましたし、今年の予想問題。
まずは「商店街に建つ」というテーマ
商店街というところから、それほど大きい敷地ではないはず
300m2なんてありえない。200m2かそこらでしょう。
また、北側道路は非常に難しい。おそらく角地で、
南側道路が含まれると思われます。
それから提出図面がA2である以上、3階分の平面図を
入れるには、横に細長い建物よりは、
縦に細長い建物になるような気がします。
09.09.06
さいたま市の納骨堂
最近、休みの時に納骨堂をよく見に行くようにしています。
さいたま市にある公営霊園の共同納骨堂
中は細かく区切られたコンクリートの部屋になっていて、
棚に骨壷が置かれています。(見たわけではありませんが...)
私の設計に関する考えは、
自分が経験したこと無い機能のものは、
設計できない。
自分が体験し、経験し、感じたものを
図面に落とし込む様にしています。
勤めていた頃、最初の担当が
自動車学校(教習所)でした。
私はすでに普通免許を持っていたので、
26歳になってバイクの免許を取りに通ったのです。
納骨堂の設計依頼が来てから半年以上を経過しました。
いろいろなタイプの建物をみて、遺族になる体験もしました。
死者と生者の接点としての空間はどのような場所が
ふさわしいか、考えています。





