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09.09.09
人を見て建物を決めたいと思う瞬間
人を見て建物を決めたいと思う瞬間
家内は赤十字の看護師であり、
一時期、赤十字の支部に在籍し、
救急法の指導員でもある。
とある休日
ボランティアで聾唖野球大会の看護師として派遣される。
子供と私は車で野球場まで輸送任務。
そして終わるまで、近隣の公園と野球観戦。
準決勝。
野球場は無音の中で、打球の音、ランナーの走る音、
そしてグラブとボールの乾いた音が響き渡る。
観客も声を発する人は少ない。
サインなのか、手話なのか?
私にはわからない。
でも高度な連携。
サイレントベースボール。
内野、外野、バッテリー
各自連携をとっている。
守備が打者によってシフトを変える。
全て無言の中で、回が進んでいく。
サイレントベースボール。
私は神宮球場で8年間仕事をしていて、
優勝も目の前で何度も見ている。
同じ年の石井一久投手が、オレンジのポルシェで
神田うのさんと一緒に出勤しているのも目撃している(古!)
いやいや、そんな話ではなく、野球のレベルを知っている
ということを言いたい。
聾唖の投手と言えば中日ドラゴンズ・石井裕也投手がいる。
きっと知らなかっただけ。
レベルは高いのだ。
しかも、仕事か建築しかしていない私よりも
ずっと健康で、健全だ。
知識は時に偏見を生みだす。
自分の常識はすべてではない。
自分の知識がひっくりかえった瞬間
09.09.08
足の裏の地図
でもルールは必要。
「火のそばは近づいてはいけません」
「脱いだ服は脱衣所にもっていきなさい」
「トイレに行きたくなったら早く行きなさい」などなど
もし、目が見えないとすると、そうしたルールはどう教えますか?
部屋名が付くということは、そこが他と違う何かがあるということ。
便器があるから、トイレ、
シンクやガスコンロがあるから、キッチンなどなど。
もしもこれを手探りでするとなると、
便器を手で確認し、
包丁の乗っているかもしれないまな板を手で確認し、
フライパンが乗っているかどうか、確認する。
トイレが汚い、
火が危ない、
包丁が指が切れる
を知る前の彼に
どう間取りを教えるのか、
それが、私がテーマにした、
「足の裏の地図」です。
ルールと一緒に、床に「差異」をつける。
ひんやり冷たい床は(タイル)危ないから入ってはいけない。
つるつるの床(リノリュウム)はトイレと服を脱ぐところ。
柔らかい床(畳)は寝るところ。
「差異」こそ「情報」
そんなことを考えました。
09.09.07
すごく低い手摺
私は建築士を指導する講師をしている。
そこの生徒に尊敬する人がいた。
私にとって「人を見る」伝説級の体験談
彼女は元、デパートの店長。思いっきり畑違い。
でも、今は建築士になり、バリアフリーの専門家として活躍している。
高齢者は手摺をつけるとき、面倒なのか、
「基準通りつけてほしい」とか、
「あなたにに任せるわ」といった人が多い。
そして工務店は手摺を説明書に書いてある
公共建築で基準にする高さにつけていく。
でもこれでは本当に手摺が使いやすいとは限らない。
今よりはいいかもしれないけど、もっといい高さがあるかもしれない。
本人は知らずに本当にいい高さ、使いやすい高さを拒否している。
彼女はわざと高い位置に手すりを持って云う
「このくらいでいいですか?」
高齢者は任せるといいながらも、その高さをみて文句を言う。
「高すぎよ!」
「じゃあこのくらいですか?」
今度はものすごく使いにくい低い位置を示す。(かなり意地悪に見えるはず...)
「ちょっと使えないわね!このくらいがいいのよ!」
怒って手摺の前に立ち、高さを自分の使いやすい高さに調整する施主。
本当にカチアルものを提供しているのに、感謝されないなんて。
でもこの人すごい。
09.09.06
さいたま市の納骨堂
最近、休みの時に納骨堂をよく見に行くようにしています。
さいたま市にある公営霊園の共同納骨堂
中は細かく区切られたコンクリートの部屋になっていて、
棚に骨壷が置かれています。(見たわけではありませんが...)
私の設計に関する考えは、
自分が経験したこと無い機能のものは、
設計できない。
自分が体験し、経験し、感じたものを
図面に落とし込む様にしています。
勤めていた頃、最初の担当が
自動車学校(教習所)でした。
私はすでに普通免許を持っていたので、
26歳になってバイクの免許を取りに通ったのです。
納骨堂の設計依頼が来てから半年以上を経過しました。
いろいろなタイプの建物をみて、遺族になる体験もしました。
死者と生者の接点としての空間はどのような場所が
ふさわしいか、考えています。
09.09.05
刺激を入力する必要性
とある盲学校での体験
小学校1年生の子供が、
先生の腕と青いボールの間で、
エビ反りになってはずんでいる。
先生は力いっぱい子供とボールを一緒に床にたたきつける。
子供は笑顔ではずんでいる。
思わず...「虐待?」
先生曰く
「彼らは視覚からの情報がないので、刺激が不足しているのだ」という。
刺激がすくないと、脳の活動も、体の動きも少なくなってしまうのだと。
彼らにとって体に伝わってくる振動や音や温度やにおいという刺激たちが、
非常に重要なのだ。成長するのに必要なのだ。
でもこれって、普通の子供もそうじゃないのかな?
別に特別なことではない気がする。
みんな気が付いていないだだけ。
冷暖房完備、防音の家に、24時間いる赤子と
風を感じ、虫が鳴き、暑い、寒いを感じる赤子とでは
どちらが、生きる力がつくのだろう。
彼が、盲学校に通う前、打合せをしたときに感じたことがある。





